女性トップクライマー谷口けい の実績がすごい!その3つの秘訣とは?
谷口けいとは、日本を代表するアルパインクライマーであり、
登山家であり、冒険家である。
そんな彼女が現在、北海道大雪山系にて滑落し行方不明だという。
とにかく無事を祈りつつ、彼女の輝かしき実績とその実績を成し遂げた
3つの秘訣について紹介していきたい。
谷口けいとは、いったい?
1972年、和歌山県に産声を上げる。
世界の高山を登頂。登山の傍ら、野外研修ファシリテーター、
山岳ツアーリーダなども行う。
都岳連レスキューリーダ、日山協自然保護指導員でもある。
谷口けいの登山家としての実績とは?
2001年 マッキンリー登頂
デナリ登頂
セルフディスカバリー総合1位
2002年 野口健エベレスト清掃隊(BCマネージャー)
北アルプス山麓アドベンチャー女子1位
2003年 エベレスト清掃隊
2004年 ゴールデンピーク登頂
ライラピーク登頂
2005年 ムスターグアタ登頂
シブリン登頂
2006年 マナスル登頂
2007年 エベレスト登頂
2008年 カメット登頂 これにより「読売スポーツ賞オレドール」受賞
2009年 キンヤンキッシュ、ガウリサンカール挑戦
2011年 ナムナニ峰登攀
小さなころに芽生えたある冒険家への思い
小さなころ運動とは無縁の生活をしていた、無類のインドア派。
多くは読書に時間を費やすためにあったが、ある日から冒険小説に対して
無限の世界の可能性を感じ、次々と読破する。
そんな中、ロビンソンクルーソーやトム・ソーヤなどの冒険家に
憧れを持ったある日、一人の冒険家と出会う。
それが「植村直己」である。
自分が経験したことのない厳しい大自然の中での挑戦を、
彼女は大きな思いを寄せた。
そしてアラスカマッキンリーで行方不明になったことを知り、
大人になったら必ずそこに行こう決めたという。
そして2001年、彼女はマッキンリーの登頂に成功する。
「女性だからできない」は、通用しない
学生時代に所属していた自転車のツーリングクラブ。
「女性だからできない」と言われるのが悔しくて悔しくて、
山をフィールドとするスポーツにはどんなことでもチャレンジしてきた。
「やりたい自分が努力してやればいい。男性だろうが女性だろうが関係ない。」
「頂上へ行くのにいろんな方法を試したい」
男性だろうと女性だろうと山と対峙したときに性別は関係ない。
それはまるで裸一貫で真剣に山と向かい合う「サムライ」
そんな彼女が培ってきた技術などをすべて生かしながら
一番自分らしく登れるアプローチを探して、山と向き合っていく。
これこそが彼女を山へ惹きつけるひとつの形なのかもしれない。
ピレオドールが自分を変えた。後世に繋げるための山登りである
2008年に谷口けいは、ピレオドールを受賞する。
その時審査員に言われたことは、登山のむずかしさではなかった。
ライト・クリーン・冒険的・そして美しいライン。
地球にとって優しいこと。限界に近い力を発揮したこと。そして行動したこと。だおちう。
翌年、同じく審査員として招かれるが審査の立場に立って改めて
発見することもあった。
ピレオドールとは後世に続くクライマーたちのための賞であること。
どのような登山がいいのか。その指標を指し示す模範となる賞であることを。
冒険心を続けて持ち続けるためには命を尊重しなければいけない。
それは「チャレンジ」が大きなリスクを背負わせる結果になってはいけない。
どのような思いを持ち、そしてそれがどのように後世伝えられるかが
この「ピレオドールの賞」だと自覚した彼女は、
その後の登山にも活かされている。
おわりに
現在も捜索中の谷口けいさんですが無事に見つかることを願っています。